亮太ブログ

パワー

これはスゴイな。

いや、何がって、人間ってやっぱりスゴイな。

『イチロー×矢沢永吉 英雄の哲学』

読んだなぁ。読んだ、読んだ。

イチローと矢沢永吉さんとの対談本。


矢沢さんって人は、ほんとに、人間というより、「人間味」。


『成りあがり』っていう本を読んで、胸をわしづかみにされるわけだ。僕は。

なんなんだ!?この人は!? って。


いや、なんかなぁ、
「こんな人になりたい」とかじゃなくって。ぜんぜんそんなんじゃなくて。

俺はなれないし。
その人じゃないし。


生きることの才能とセンス。

矢沢さんもイチローも、その人自身じゃなくて、その「姿」。
その人から浮かび上がってくる「像」。

その姿や像に憧れることや、ときめく感情って、とても力になる。
パワーだな。パワー。



松本人志っていう人が、
「あの人みたいになりたい、と思うな。
あの人みたいになりたくない、と思え。」っていうことを言うわけだけど、

それは的を射てるわけで。多分。

どう的を射てるかって、
それはどこかで他人と自分を比較しているということで。(無意識にしても)

その比較の中で自分が浮き彫りになっていくことがあるんじゃないかって。


比較。

「これの何がおもしろんだ?」
「これはおもしろい。じゃあ俺はどうしよう?」

比較。そんな中での比較。


ギョロギョロ目ん玉を動かしながら周りをうかがって、
「ぁあ、あれは良い。でもあれはダメだ」みたいな感じの中で、人の姿や像にガンを飛ばす中で、
今度は自分の姿や像が作られていくんじゃないか。




『成りあがり』の中で書かれている。

「若者に言いたい。
音楽学校通ってるやつ、全部やめなさい。必要ないから。
書道の先生がいまして・・・・必要なし。
紙買って、墨買って、書けばうまくなるよ。
ほんとにやりたいやつはうまくなるって。」


って、はっきり言ってる。

こんなにはっきり言うのもスゴイ。ガツーンときた。

賛否両論?そんなのいらない。
この言葉に自分が熱くなるかならないかでしょ。
確かなもんなんて、それしかない。



だめな人は自分でだめになって行くし、
才能のある人は、自分でできるようになるし、成功していく。

これは松本さんも同じようなことを言ってる。



自分はどうだろうか?

それに悩むことに、僕は意味があると思う。

大いに今日は悩んでやろう。

開き直らない。



・・・・・・・・

今日は人の言葉を借りまくった。

あんまりよくないなぁ。


自分の言葉で。自分の感情で。

365の言葉、そうしていつも書く。
それが大事だ。

今日も自分をむき出しにしたい。


以上